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1968年12月6日大阪市平野区瓜破に生まれ、小学2年生から地元の少年野球チームで野球を始める。当初は遊撃手だったが、チームの捕手がケガをして以降は捕手を務めた。大阪市立瓜破中学校時代は、学校に野球部がなかったためバスケットボール部に所属していた。桜宮高校では全てのポジションを経験し、4番で主将だった。高校通算3本塁打。
その後東北福祉大学を経て、1990年のドラフトで中日ドラゴンズから2位指名を受け入団。この際、プロ入り後は長らく中村武志の控え捕手で、打撃を買われて外野手として出場することもあり、1996年に読売ジャイアンツが優勝を決めた最終戦では1番・中堅手で出場し、中日の選手としてナゴヤ球場公式戦最後となる本塁打を放った。
1997年オフに大豊泰昭と共に、関川浩一・久慈照嘉との交換トレードで阪神タイガースに移籍。当時の監督であった吉田義男にリード面を評価され、山田勝彦に代わってすぐに正捕手の座を勝ち取る。1999年には初の打率3割を達成した。
2001年に監督を辞任した野村克也の後任として、かつて自らをトレードで放出した星野が阪神監督に就任する。この際「また星野監督に捨てられてしまう」と失望したと後に語っている。翌2002年は怪我が多く、2度の骨折に泣かされた。そこまで順調な成績を残していたチームも矢野の離脱と共に失速した。
2003年は、大学時代のチームメイトで広島東洋カープから移籍してきた金本知憲の影響を受け、強い体作りに着手。シーズンを通してほぼマスクを被り、8番の藤本敦士とともに「恐怖の下位打線」と呼ばれた。チーム防御率はセントラル・リーグトップの3.53、打撃でも打率.328を記録するなど攻守両面で活躍し、13年目にして初のベストナインとゴールデングラブ賞を獲得。ゴールデングラブ賞は捕手として史上最年長での初受賞であった。
2004年には36歳にして自身初となる全試合出場を達成。
2005年には三振を減らすべく宮本慎也を参考にした打撃フォームに改造。自己最多の19本塁打を放ち、盗塁阻止率も自己最高記録を残す。自身2度目のベストナインとゴールデングラブ賞、日本シリーズ敢闘賞を獲得。同年、自身2回目となるFA権を取得し、オフに行使して残留。
2006年には17本塁打を放ち、通算100本塁打を達成。
2008年は野口との併用も多くなってきた。北京五輪代表に招集された。
2009年は前年オフに手術した右ひじの回復が遅れたため開幕から二軍での調整が続き、7月に一軍昇格した後もスタメン出場は安藤・下柳が先発する試合に限られた。41歳の下柳と組んでプロ野球史上初の40代バッテリーでの勝利を達成したが、シーズン終盤に右足首を骨折して再び戦線離脱し30試合の出場に終わった。打撃では100打席未満ながら打率3割、得点圏打率4割超を記録。オフに心機一転の意味を込め、登録名を本名の矢野
輝弘から矢野 燿大へ変更した。
2010年はメジャー帰りの城島の加入もあり、出場は激減している。
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| 矢野選手の主な記録・特徴 |
| 年度 |
打率 |
打数 |
本塁打 |
打点 |
盗塁 |
| 1991 |
.111 |
27 |
1 |
4 |
0 |
| 1992 |
.259 |
108 |
0 |
8 |
0 |
| 1993 |
.323 |
31 |
1 |
3 |
0 |
| 1994 |
.217 |
46 |
1 |
2 |
0 |
| 1995 |
.243 |
115 |
1 |
5 |
1 |
| 1996 |
.346 |
104 |
7 |
19 |
1 |
| 1997 |
.252 |
214 |
3 |
19 |
1 |
| 1998 |
.211 |
285 |
3 |
20 |
1 |
| 1999 |
.304 |
369 |
3 |
27 |
5 |
| 2000 |
.269 |
376 |
5 |
26 |
1 |
| 2001 |
.242 |
326 |
8 |
30 |
1 |
| 2002 |
.321 |
221 |
6 |
27 |
1 |
| 2003 |
.328 |
433 |
14 |
79 |
1 |
| 2004 |
.285 |
502 |
11 |
65 |
1 |
| 2005 |
.271 |
499 |
19 |
71 |
1 |
| 2006 |
.274 |
453 |
17 |
78 |
0 |
| 2007 |
.236 |
356 |
6 |
42 |
0 |
| 2008 |
.275 |
371 |
4 |
36 |
0 |
| 2009 |
.307 |
75 |
2 |
8 |
1 |
| TOTAL |
.274 |
4912 |
112 |
569 |
16 |
※黒字はシーズン自己記録
※赤字はシーズン1位
※1991年〜1997年は中日、1998年〜阪神
記録
・2003年打率リーグ2位
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特徴
打てる捕手。右方向に大きな打球が打てるのが特徴。しかし、2010年は城島の加入・代打でも出場機会は激減しており、今年で引退の可能性も高い。守備力やリード面ではでは城島より上だと言われている。
勝手に2010年の能力をつけさせてもらうと(野球ゲーム風に)
パワー D
ミート C
走力 E
肩力 C
守備力 B
広角打法
ウンチク
プロ入り直後、司会者だったパンチョ伊東から名前を「てるひろ」と読み間違えられ、当時の星野仙一監督から「テル」と呼ばれるようになった。
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